高校生になって祖母に連れて行かれたのが、銀座の「アルテリーベ」であった。
アルテリーベは、横浜に本店があり、。銀座店は昭和四十二年の創業だった(現在は新橋に移転)。
これがおいしいんだからといって注文して出てきたのは、巨大な肉の塊である。
豚肉の皮が艶々と光っている。
切断面からは骨が突き出て、赤い肉が湯気を立てている。
ご存知アイスバインだ。
巨大肉と格闘していると、ドイツ人のおじさんたちが出てきて、演奏を始めた。
アコーディオンやバイオリンをにぎやかに奏で、太い朗々たる声で民謡を歌う。
やがて店内は酔いと演奏で騒然となっていき、「アイン、ツウァイ、なんとかぁ!!」と、客同士が叫んでビールを飲み干す。
すごい世界に来ちゃったなぁ、である。
モダンな祖母は、こういう非日常を楽しんでいたのである。
非日常はたまに繰り返し、日常を刺激することで効果が上がる。
ということで、我が家はその日以降、年に三回アルテリーベに出かけたのである。
牧元家年三回のアルテリーベ詣でも、就職とともに解消した。
その間、昭和二年に創業した日本最古のドイツレストラン、銀座の「ケテル」に出かけ、高級ハンバーグやタルタルステーキの滋味に目を丸くしたりもしたが、フレンチやイタリアンの台頭とともにドイツ熱は下がり、滅多に外でドイツ料理を食べることはなくなった。
ただし我が家では、ザワークラウトとソーセージの煮込みは年に何回か食卓に上げて、、ドイツパンとともに楽しみは続けていた。
再びドイツ熱が再来したのは、今年であった。
理由は簡単、ドイツワールドカップに出かけるからである。
事前予習は欠かせぬと、都内のドイツ料理店数軒に通った。タベアルキストとしては、都内と現地でどのような違いがあるか検証しようと試みたわけである。
はまりました。デリカテッセンやアルテリーベの想い出がよみがえり、ビールをぐびくびと飲んではアイスバインにかぶりつき、「アイン、ツウァイ、なんとかぁ」と叫んでは、杯を重ね、検証心は酔いとともに忘却した。